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日本人と英語母語話者の抽象名詞に対する発想の違い(国際コミュニケーション学科)

研究室からこんにちは(短期大学)
 冠詞を持たず、名詞(句)の可算・不可算を重視しない日本語を母語とするL2学習者では、「具象名詞と抽象名詞」の対立を重視しがちとなるが、冠詞を持ち、可算・不可算を重視する英語母語話者では、具象名詞、抽象名詞の区別はさほど重視せず、重視するのは、「可算名詞と不可算名詞」の対立である。その為、たとえ抽象名詞でも、可算名詞から存在しない抽象名詞も存在する(job)。この為、冠詞を持たない言語を母語とするL2学習者では抽象名詞は無冠詞・単数形に固執するのに対して、英語母語話者は、抽象名詞の可算化が容易にできてしまうと予想される。
 意味的には冠詞は名詞に付随していると考えられるが、英文は順番に発せられることを考えると、冠詞が次に発せられる名詞に大きく影響を与えていると考えるのは妥当だと考えられる。これはDP仮説(Abney 1987)として提唱しているものである。DP仮説とは「語彙範疇の名詞句を、機能範疇の限定詞(DP)と再分析するものであり、名詞と冠詞の関係を名詞に冠詞をつけるのではなく、冠詞が名詞を選択し、限定詞の定性・特定性 を決定する」とする理論である。DP仮説の問題となるところは、日本語のように冠詞のない言語をどのように扱うかという点にある。Ninio(2017, 2019)は、L1学習者はDP仮説に則って言語習得をすると述べている。
 表1は西田(2020) における、日本人の誤用が多かった19の抽象名詞について、ジーニアス英和大辞典で、可算化傾向の高い順にまとめたものである。なお、例として一番可算化が進んでいる“subject”の説明を提示する。


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1定性(definiteness)は聞き手の立場からの分類である。即ち、聞き手が知っている(と話し手が認める)名詞句が 定名詞句(definite NP)となる(Chafe 1976; 金水 1986)。特定性(specificity)とは、問題となっている名詞が具体的に指している対象を話し手が頭に思い浮かべているかどうかを表す概念である(Ionin et al. 2004; 石田 2002)。
2(1)調査
1. NICER:The Nagoya Interlanguage Corpus of English Reborn 1. 1. 1.(2018-04-05)
(杉浦他 2008)のNNS(L2中上級者)に対して、抽象名詞の可算化に関する正用・誤用を調査する。被験者は349名(JPN501~JPN849)。
2. 調査する抽象名詞の誤用(ネイティブチェックが入っているもの)は、①抽象名詞(冠詞はつかず)、②不定冠詞a(n)+抽象名詞、③定冠詞the+抽象名詞、④定冠詞the+抽象名詞s、⑤抽象名詞s(冠詞はつかず)、の5パターンに関するものである。なお、冠詞と抽象名詞の間の形容詞の有無は問わない。
3.抽象名詞の可算化に関する誤用の多かった抽象名詞を特定する。
(2)調査結果
表1は調査の結果、10個以上の誤用があったものである。なお、“sport”も誤用が多かったが“sports”として使用することが圧倒的に多いので、今回の統計処理では省いた。



subject
⁑sub・ject/名 形 sʌ́bdʒekt, —dʒɪkt;動 səbdʒékt/
〔初14c;ラテン語 subjects(服従した,…の下に投げ出された).「sub-(…の下に)+-ject(投
げられた)=…の支配下にある,…の対象となる」.cf. dejected, inject, object, project, reject〕
―名 C
1 題目, 主題;話題, 議題(◇[類] topic, theme);〔音楽〕主題, テーマ;〔美術〕(画家の)題材
2 学科, 科目, 教科
3〔言語〕[しばしばthe~]主語, 主部(⇔predicate)(cf. object)
4《主に英》臣民, (君主国の)国民《◆共和国の場合は citizen》;家来, 臣下
5《正式》〔賞賛・苦情などの〕原因, 種;対象(matter)〔for, of〕
6 (医学・心理学などの)実験材料になる人[動物],〔…の〕被験者, 患者〔of, for〕;解剖死体;《まれ》[形容詞と共に]…な傾向のある人
7〔論理〕主辞;〔哲学〕主観, 自我;実体.
8〔コンピュータ〕(Eメールの)題目, 件名《メールの用件見出し》.
―形(Ф比較)《正式》
1 S〔…に〕従属している,服従している, 〔…の〕支配下にある〔to〕(⇔independent)
2 S[叙述]〔…に〕かかりやすい,〔…を〕受けやすい;〔…に〕左右される〔to〕
3 [叙述]〔同意などを〕条件とする, 必要とする〔to〕
―○動○他
1《正式》D[SVO]〈人・国が〉〈人・国など〉を〔…に〕服従させる〔to〕;〈心など〉を支配する
2《正式》[しばしば~oneself]〈人・物〉を〔…に〕さらす;《正式》〈人・物〉に〔…を〕受けさせる〔to〕
3《まれ》…を征服する, 支配する.
4《まれ》…を〔…に〕提示[提起]する〔to〕.
5《廃》…を下に置く.

可算化の順は、①Cの合計、②C/Uの合計、③―の合計、④不可算の少なさ、①~④に下がるにつけ、可算化は低いと判断した。19の誤用の多かった抽象名詞の内、16個が明らかな可算化の使用方法が存在する(C)。残り3つの抽象名詞の内、2つは可算化の用法を含むものである(C/U)。可算化は抽象度の低さを表し、抽象名詞は、無冠詞・単数形であると考えるのは危険である。

参考文献

Abney, S. (1987). The English Noun Phrase and its Sentential Aspect, Doctoral dissertation, MIT.
Chafe, W. L. (1976). Giveness, contrastiveness, definiteness, subjects, topics, and point of view. in Li. C. N. (ed.). Topic and Subject. Academic Press.
Ionin, T., Ko, H. & Wexler, K. (2004). “Article semantics, in L2 acquisition: The role of specificity.” Language Acquisition 12, pp. 3-69.
石田秀雄 (2002) 『わかりやすい英語冠詞講義』 p. 68 大修館書店
金水敏 (1986) 「連体修飾成分の機能」 『松村明教授古稀記念 国語研究論集』 明治書院 
小西友七、南出康世 (2001) 『ジーニアス英和大辞典』 大修館書店
杉浦正利、阪上辰也、成田真澄 (2008) 「学習者コーパス『NICE』の構築」 杉浦正利(代表研究者) 「英語学習者のコロケーション知識に関する基礎的研究」(平成17-19年度 科学研究費補助金基盤研究(B) 研究成果報告書:課題番号17320084), pp. 1–14.
Ninio, A. (2017). Complement or adjunct? The syntactic principle English-speaking children learn when producing determiner-noun combinations in their early speech. In A. Ninio (guest editor), The role of grammatical words in syntactic development: thematic issue, First Language.