ブログ

「withコロナ」の時代を生きる(国際コミュニケーション学科 川崎直子)

研究室からこんにちは(短期大学)
 

 こんにちは。日本語教育コースの川崎です。
 7月18日には新型コロナウイルスの感染者は全国で新たに664人が確認され、5月25日の緊急事態宣言解除以降、過去最多を更新したとの発表がありました。

 マスクを外して外出できるようになるのはいつなのか、フェイスシールドを着けずにスクーリングでワークショップが行えるのはいつなのか ― もしかしたらもう以前の生活は戻ってこないのではないかと、誰しも日々漠然とした不安を抱えて、これから数年間は「withコロナ」の時代を生きていくことになるのでしょう。ちなみに、「withコロナ」とはワクチン開発前のこと、「afterコロナ」はワクチン開発後のことを表すようです。

 コロナ禍が拡大していくにつれて、私たちは今まで聞いたことのないたくさんの用語や表現を耳にするようになりました。たとえば、クラスター、ソーシャルディスタンス、オーバーシュート、ロックダウン、エッセンシャルワーカー、パンデミック、人との接触8割減、新しい生活様式、三つの密など。密閉・密集・密接の三つの密を避け、ソーシャルディスタンス(社会距離)を保って生活する、いわゆる「新しい生活様式」を英語では「new normal」、中国語では「新的生活方式」と言うそうです。
 
 これらの用語の中でも「ソーシャルディスタンス(social distance)」は、筆者が担当する言語運用論というスクーリングで10年ほど前から紹介している言葉です。日本語では「社会距離」と訳されていますが、これはアメリカの文化人類学者エドワード・ホール(Edward T Hall, 1914~2009)が、人と人との距離の取り方の研究「近接空間学(proxemics:プロクセミクス)」という分野で体系化してきたものです。

 ホールは1966年にコミュニケーションの場での空間の用い方について、「縄張りのゾーン」ともいう次の4種類の個人空間を想定しました。

①「親密距離 intimate distance」(0.15~0.46m):夫婦や親子が手を取り合う距離帯。仮に恋人や家族以外がこれより内側に入ると不愉快に感じる距離帯。
②「個体距離 personal distance」(0.46~1.22m):道端で出会った友だちと親しく会話する距離帯。仲の良い同級生や友人なら立ち入れる距離帯。
③「社会距離 social distance」(1.22~3.66m):簡単に相手に手が届かない距離帯、ビジスを行う距離帯、家庭内で熟年夫婦が落ち着いてくつろげる距離帯。
④「公衆距離 public distance」(3.66m以上):街頭演説する人と聴衆、コンサート会場での演奏者と観客との距離帯。もはや個別のコミュニケーションは不可能。

 ③の「社会距離」に関してですが、アメリカでは「social distance」より「social distancing」という用語が使われることが多いようです。social distancingが感染症拡大防止の観点で人と人の距離を2m以上離すことを指す物理的な距離に対し、“-ing”をつけない「social distance」は出身階層・人種・性別など、社会的グループの観点で心理的な距離を置くことを指します。

 この「ソーシャルディスタンス」は、ホールの実験によってすでに50年以上も前に「社会距離」として立証されている距離帯でしたが、今回コロナ関連のどの用語よりも新生活様式に溶け込みつつある言葉になりました。ホール自身、亡くなってから10年後に、自分が提唱した用語がまさかこれほどまでに全世界で知られるようになるとは思ってもみなかったでしょう。つまり、「新しい生活様式」で注意喚起されている2mという人と人との距離間隔「ソーシャルディスタンス」は、コロナを機に造られた用語ではないということです。
この原稿を書いている7月20日は、奇しくもホールの11回目の命日です。ホールも新型コロナウイルスの一日も早い収束を願っていることでしょう。


〈参考URL〉「E.ホールのパーソナル・スペースと縄張り意識・空間行動」
(https://esdiscovery.jp/vision/word001/psycho_word25002.html)