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“密”な関係性に育まれて(国際コミュニケーション学科 首藤貴子)

研究室からこんにちは(短期大学)
 2020年春の「ステイホーム」期間、近所の緑地公園を、高校生の娘と散歩することがありました。「ここにシャシャンボの実があったよね」「この桜の木、よく登ったね」等々、おしゃべりしながら。実はこの緑地、娘が小さかった頃、ほぼ毎日通った場所です。娘は、ここを活動拠点とする自主保育グループ「あおぞら」で幼児期を過ごしました。
 「あおぞら」は、1985年の創設以来、子どもたちの豊かな育ちをめざし、保護者が保育者とともに保育実践や組織運営の担い手として活動してきた自主保育グループです。その保育のめざすところは、「わたしたちのねがい」として、「あおぞら」の大人たちに共有されています。
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わたしたちのねがい

青空の下で大人も子どもも、水、砂、土での遊びを楽しみ、草、木、虫たちと戯れ、自然の変化を全身で感じていきたい。
子どもが大きくなることへの憧れを心の中でゆっくり、じっくり膨らませることを、そして大きくなった自覚から生まれる誇りを、大切にしていきたい。
仲間の中で子どもたちが、自らの力で大きくなることを信頼して見守りたい。
自然の中での体験や仲間との交流を通じて、命の尊さ、いとしさを共に感じ、子どもも大人も育ち合いたい。
(自主保育グループあおぞら ウェブサイトより)
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 保育の「目標」ではなく「ねがい」となっているのは、大人の価値観で一方的に決めた「目標」を子どもに押し付けることを自戒するためです。保育者は、その専門性にもとづいて子どもに働きかけますが、すべての子どもがその働きかけに即応するはずはありません。子どもの発達可能性を信じて待つことも必要です。手や口を出したくてしかたない周りの大人には、相当な忍耐力が求められます。なので「あおぞら」での育ちの主体は、子どもだけではなく、保育者も保護者も「育ち合い」の主体なのです。
 その保育実践の風景を切り取ってみましょう。春は桜吹雪の中、タンポポ一面の原っぱを駆けまわり、夏は湧き水と赤土で全身どろんこに、秋はふかふかの落ち葉のベッドに寝転んで、冬は霜の降りた小道をザクザク歩く。その中で子どもたちは、日々発生する“事件“を通して、大泣きしたり大笑いしたりしながら、大きくなることへの憧れを原動力として、さまざまな課題に挑戦していきます。そうして、子どもたちは(大人に支えられながらも)「ジブンデデキタ!」という自信に満ちた物語を心の中にいっぱい蓄えていきます。
 「あおぞら」の卒園アルバムには、色とりどりの自然を背景に、子どもたちのさまざまな表情が収められています。アルバムをひらくたび、その写真にまつわるエピソードが当時の空気感とともに鮮明に蘇ります。小学生になった娘がよく卒園アルバムをながめていたのは、思い出にただ浸っていたのではなく、自らの育ちの足跡を確認して自信を取り戻すためだったのでしょう。
 その実践の中でよく見られた一場面、落とし物の持ち主を探す場面です。たとえばタオルが落ちていたとき、子どもたちに「誰のタオル?」とたずねると、たいてい、そのタオルをクンクン嗅いで、「○○チャンノタオル!」と教えてくれます。名前を読めない子どもでも、嗅覚で、「ダイスキナ○○チャン」を認識しているので、ちゃんと応えてくれるのです。ちなみに、子どもたちの多くは、自分の名前の次に、友達の名前を読むようになります。「ダイスキナ○○チャン」が身につけているリュックや水筒に「○○」という名前が大きく書いてあるからです。子どもたちが言葉や文字を覚えようとするのは、このような他者との関係性がベースにあります。
 こうして子どもたちは、毎日、仲間との“密”な関係性の中で、五感をフルに使って心と頭と体を働かせ発達しています。「あおぞら」で過ごす子どもに限らず、五感を総動員しながら、水や砂や土、友達という他者、すなわち自然や社会という自分の外にひろがる世界を認識していくのは子どもたちの「あたりまえ」の姿であり、この「あたりまえ」をすべての子どもの育ちのプロセスにおいて保障していくべきでしょう。
 しかしながら、現在のコロナ禍において、社会全体にいわゆる“密”を避けることが推奨されています。感染症対策としてはやむを得ない。でもこのことは、子どもたち、とくに幼い子どもや五感に困難を抱える子どもにとって、外界を認識する手段を奪われること、さらに、外界そのものから遠ざけられることを意味します。外界との“密”な関係が制限されている今、どのようにして子どもの発達保障をめざしていくのか。私たち大人の知恵と工夫が求められています。

※自主保育グループあおぞら ウェブサイト http://aozora2525.web.fc2.com/