ブログ

<書籍紹介>「創造性の脳科学」(建築学科 山口雅英)

研究室からこんにちは(建築学科)
 書籍の紹介です。タイトルは「創造性の脳科学(東京大学出版会2019年2月発行)」。著者は東北医科薬科大学医学部の坂本一寛准教授。創造性に関する脳の仕組みについて紹介する本です。
 私は建築学科で造形基礎科目を担当していますが、単に「良い造形を作る」ということにとどまらず、その制作プロセスを通じて創造的な態度と考え方を身につけてもらいたいと考えています。
 「創造」という言葉の意味は文字どおり「つくる」ということです。しかし同じ「つくる」でも「作る」とは違ったニュアンスを持っています。私見ですが、「作る」は、あらかじめ完成がどうなるのかそのモデルが示されている、完成にいたるプロセスが決まっているような活動だと思います。世の中のものづくりの大部分はこれだと思います。人類が長い歴史の中で培ってきたその成果を引き継ぎながら有形無形様々な「もの」「こと」を作り続けています。
 これに対し「創造」は、完成のモデルがない、当然完成させるためのプロセスなど存在しない中で何か新しいものを生み出す営みです…というと、それは才能のある人、天才と言われる人にだけできること、私には無縁なことと思われる方もいらっしゃるかも知れません。しかしそうではありません。私たちはみな「創造性」を持っています。それが可能な脳の仕組みをもっているのです。
 私たちの日常生活はそんなに大きな変化をすることはありません。昨日までつつがなく生きてこられたその力で明日も生きて行くことはできるでしょう。自分では経験のないような大きな変化も、だいたいのことは人類は歴史の中で経験していますので、その経験の中で培った知識や技術で対応していくことが可能です。しかし、一方で一人一人の人間は他の誰とも異なる人生と人格を持ち異なる環境を生きています。その人が過ごす日々も完全に過去の繰り返しということはありません。その意味では「私」という人間、その環境は唯一無二の固有の存在であり、既存の知識や技術をそのまま適用すればそれで「私」がうまく生きていけるというものではありません。誰もが「私」という固有の存在が固有の環境の中でうまく生きていけるよう、意識する、しないに関わらずなにがしか「新しい」ものを「創り」つづけながら生きているのです。さて、そうなると「創造性」というものは、努力して手に入れるようなものではなく、既に誰もが心の中にそういうシステムを持っているのが考えるのは自然でしょう。
 それを理解することで「創造性」とはなにか、いかにすれば「創造性」を育む造形教育ができるのではないかと考えてきました。長くなりましたが、そうした問題意識から「創造性」に関わる人間の脳の仕組みについて調べていたところ、出会ったのが今回紹介する「創造性の脳科学」です。
 人間は自分の活動する環境について全て見通せているわけではありません。むしろ不透明なことばかりです。こうした予測不可能な世界のことを「無限定環境」と言います。しかも私たちが環境から受け取る情報も断片的でありそれだけでは確実なひとつの答えにたどり着くことはできません。このような断片的な情報を「不良設定問題」と言います。「無限定環境」の中でうまく生きて行くために「不良設定問題」を手掛かりに、自分にとって都合の良い、自分がうまく生きていける世界像をつくり出す能力を持っています。その世界像は一度作ればそれで安心、というものではありません。人が日々、大なり小なり様々な意欲を生み出します。ああしたい、こうしたいと思ったならばそれを実現できるようにする環境を世界像の中に創り出していかなければなりません。また環境も日々変化しています。極論すれば、人間は自分の状態変化(欲求も含め)と環境から受け取る情報をもとに日々、刻々と新しい世界像を創り出し続けているといっても過言ではありません。
 本書では「不良設定問題」から「パターン」や「まとまり」を見出す「図地分離」や「共時性」、与えられた情報から与えられていない情報を推測(遮蔽補完)するための仮説生成といった脳の活動を紹介しています。とりわけ重きを置いているのが「仮説生成(アブダクション)」について。
 「演繹法」「帰納法」という言葉は聞いたことばあると思いますが、「仮説生成」はそれらに継ぐ第三の思考の型だと述べています。「演繹法」や「帰納法」が情報から整合性のある結論を導き出す思考法であるのに対し、「仮説生成」は「根拠はないけれども、それがないと何もはじまらない」という仮説を創り出し予測する思考法です。  
 先に述べてきたように不完全な情報を手掛かりに自分がうまく生きて行くための世界像を創るというのは人間だけでなく、ある程度高度な動物ならば可能です。しかし、世界像を創るその手段として、仮説を創る能力を持っていることが人間を他の動物から分かち特別な存在にしている要因だといえるでしょう。この本では「仮説」が備える性質として次の項目を挙げています。
(1)仮説自体、直接観察することはできない
(2)不完全な情報より得られる
(3)仮説があるといろいろと予測が可能
(4)仮説自体は単純で美しくなければならない
 全く不透明な環境の中で生きて行くためには、その不完全さを補って自分に必要な世界、自分にとって都合のよい世界を創っていかなければならない。言い換えれば「不完全さ」が創造を生み出す源泉だと言えるのではないでしょうか。
 この本には、脳科学、医学の観点から脳が持つ創造にまつわる様々な仕組みが紹介されています。専門性の高い難解な内容も含まれていますが、全体としてはわかりやすい文体で書かれていますので、わかりにくいところは飛ばす、後回しにしても十分理解できると思います。読書の秋、オススメします。