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研究室からこんにちは(国際コミュニケーション学科 川崎直子)

研究室からこんにちは(短期大学)
去年の今頃、コロナの影響がこれほど長く続くとはだれが予想したでしょうか。マスク、手洗い、消毒、社会的距離、換気、検温実施は完全に日常化してきました。
感染予防対策の筆頭であるマスクは、現在では不織布、布、ウレタンと素材もいろいろありますが、元々主流であったガーゼマスクが生まれたのは1950年のことだったそうです。最近、スーパーコンピューター「富岳」を使って飛沫を抑えるマスクの効用についての結果が発表され、不織布、ポリエステル、綿製の布マスクのいずれも効果的なことがわかりました。もっとも、どの素材のマスクでも、着け方を間違えば効果は半減するそうです。

今日はこの「マスク」について日本語教育的な視点で見ていきたいと思います。皆さんは、マスクをする、マスクをつける、マスクをかけるのどれを使いますか。多くの人は、マスクを「する」か「つける」ではないでしょうか。

下の黒いマスクをした乗客が描かれている左側のポスターをご覧ください。約100年前、1922年スペインかぜの流行当時にマスクの着用を呼び掛けたものです。ポスターの上部には〈恐るべし「ハヤリカゼ」の「バイキン!」〉、下部には〈マスクをかけぬ 命知らず!〉 と「マスクをかけぬ」と書かれているので、当時マスクは「かける」という動詞が使われていたようです。そして、右はコロナ禍の現在、ポスター等に利用するフリー素材の文言です。マスク着用は「する」という動詞が選ばれています。


 


 日本語教育では、〇を着る、履く、脱ぐ、かける、外すなどの動詞を「着脱動詞」と呼んでいます。世界中で使われている『みんなの日本語』(スリーエーネットワーク)という日本語教育の本の第22課で取り上げられています。着脱動詞はバリエーションが豊富なため、外国人学習者にとっては習得が難しい項目です。

 着脱動詞は、衣類を「一次的衣類」「二次的衣類」と区別することで使い分けされます(當野・呂2003)。たとえば、シャツやズボン、スカート、靴など生活に欠かせない「着る(履く)・脱ぐ」の着脱動詞を使うものは一次的衣類で、二次的衣類は腕時計、イヤリング、ネックレス、マスク、眼鏡、ネクタイ、ベルト、指輪、マフラーなどです。二次的衣類に使われる動詞は、「つける、かける、しめる、はめる、する、巻く」などで、それらを取り外すとき「脱ぐ」は使いません。また、着脱動詞の使用は地域差も関係するという研究結果があります。一方、英語はその区別がない言語のため、着脱に関する動詞は「wear・put on ⇔ remove・take off」ですべてまかなえてしまいます。

衣類の着脱動詞ではありませんが、愛知県の尾張地域では「布団を着る」という言い方をします。以前東京の人に「布団を着るは間違いだ。正しい言い方は、かける、かぶるだ」と言われて、その時初めて「布団を着る」が方言だと気づきました。日本語の授業でも、教師に方言だという認識のない語彙や表現はつい口を衝いて出てしまうので、気を付けようと思いました。



〈引用資料〉
内務省衛生局著「流行性感冒」(1922年):
https://news.yahoo.co.jp/articles/780f8a0b279356614d487ae8e753325bcdd60d2d/images/000(2021年2月14日検索)
『みんなの日本語初級Ⅰ 第2版 本冊』スリーエーネットワーク
當野能之・呂仁梅(2003)「着脱動詞の対照研究-日本語・中国語・英語・スウェーデン語・マラーティー語の比較-」pp.127-141,日本語教育論集 世界の日本語教育 第13号,国際交流基金