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創造的プロセスと創造的成果(建築学科 山口雅英)

研究室からこんにちは(建築学科)
 創造」についてはいろいろな定義がありますが、概ね「これまでにない価値を生み出すこと」という点は共通しています。新しい価値。これまでになかった活動を可能にし、これまで解決できなかった問題を解決し、誰も思い描かなかったような提案をした…こうしたことは「創造的成果」ということができます。
創造的な成果を生むためには、創造的なプロセスが必要となります。創造的なプロセスとは何か。それを理解するために、反対に創造的でないプロセスとは何かを考えてみるます。
例えばレシピ通りに料理を作る、マニュアルの通りにプラモデルを作る。これらの活動は創造的とは言いません。なぜならあらかじめ想定された成果しか得られないからです。誰かが過去に生み出した新しい価値、それをなぞり同じ成果を出すだけの活動は創造的プロセスとは言いません。
これに対し創造的プロセスとはどのようなものでしょうか。極論すると、何のレシピもマニュアルもなく、どのような成果に至るのかわからない活動だと言うことができます。しかし、そのようなとっかかりも手がかりもなく、全く何に行き当たるかわからないような活動に人間は取り組むことはできません。ゼロからはじまる活動はありません。ある程度は過去のやり方を踏襲しつつもレシピやマニュアルなどの決まりきった道筋を敢えて踏み外してみる、別のやり方、可能性があるのではないかと考えていく、それが現実的な創造的プロセスです。一度踏み外した道は本来の目標とは全く違う成果へと導くこともあります。また周り道をしながらも再び本来の道筋に近づくこともあります。それはどうなるかわかりません。踏み外した道のその先に更に踏み外してみたくなる道が見つかることもあります。そうなるともうマニュアルは通用しません。その場、その時であらゆる知見を動員して次の道を歩いていくことになります。
今まさに歩いているその道は地図(マニュアル)にない道です。今、同じ踏み外した道にいたとしても、それをマニュアルから外れた「単なる間違い」と捉える考え方は創造的態度であるとは言えません。反対にそこにマニュアルにはなかった新しい可能性をみ言い出そうとする態度は創造的態度です。ですから創造的プロセスとはどんな道を進むのかということ以上にどんな態度で進んでいるかということが重要になってきます。
プロセスのあらゆる場面に、常にいろいろな可能性があるという意識、偶然に進んだ道であってもそこに何がしかの価値を見つける感性と想像力。こうした態度を持って取り組めば、自ずとそれは創造的プロセスとなっていくのです。
ただし、そのように創造的プロセスを経たからと言って、必ずしも創造的成果が得られるという保証はありません。何も成果を得られないことも少なくありません。創造的プロセスとはあくまで創造的成果をえら得る「可能性」を持ったプロセスということです。確かに不確かで曖昧なプロセスであり、これに多くの労力と時間、資源を費やすのは無駄なことに思えるかもしれません。しかし真に創造的な成果を得るためにはそのリスクを避けることはできません。敢えてそのリスクを負うものだけが創造的成果を得ることができるのです。
そのような中で最も大切な創造的な態度とは、多くの無駄や失敗は必ず付いて回るものであり、その無題や失敗の中にも新しい価値を見つけよとする(つまり全てが無駄でなく、全てが失敗でない)ものです。
このような創造的プロセスを学び習得するにあたっては、敢えて創造的成果に囚われない活動も重要となります。学習の場にあっては、自分は創造的であったか創造的になれたか、それは成果ではなく、プロセスに現れるものなのです。限られた授業時間の中、創造的なプロセスであっても創造的な成果を得られない可能性は大きいです。しかし成果が創造的でなかったとしてもプロセスが創造的でなかったことを意味するものではありません。しかしそれならば成果は意味をなさないのかというとそういうことでもありません。プロセスが創造的であれば、その創造的な態度や考え方は必ず、成果の中に現れるものです。それを自覚することも大切なことです。
造形の学習など創造性の求めら得る授業における考え方のひとつとして「創造的プロセスと創造的成果」の問題について述べてみました。実際の授業ではプロセスしか評価しないということはなく成果も重要な評価要素となりますが、以上に述べてきたことは学習指導の根幹となるものです。こんなことを念頭に造形の学習に臨んでもらえればと思います。